ひとりごと。

特に意味もない、発言のメモ帳。故にひとりごと。

少しだけ羨ましいこと。

三日坊主にならないようにと言いつつ、日記の更新は結局こうなっている。やはり無理だった。これからは書けるときだけに書くスタイルにしよう。自分の考えのメモなのだから。

たまに閲覧してくれている人もいるのでありがたみを感じつつ、他人に晒し続けることでなんとか自分の更新する意欲を無くさないようにしたい。こうでもしないとメモをすることすら忘れてしまうポンコツな脳なのだ。

 

 

 

Twitterや本、テレビの番組を見ていると、メンタルがヘラってしまったのが大体大人になってからで、メンタルが正常だった頃の、大学や専門学校に楽しく通っていた回想があったりする。まるでフィクションのような、夢と希望が詰まったかのような学生生活が非常に羨ましくて仕方がない。そのような学生生活を送れたこともそうだが、何よりそこまで純粋でいられるような環境にあったというのがとにかく羨ましく思う。

自分の場合は小学生の時点で、もっと言えば幼少期の時点で純粋さなんて失われていたからだ。

 

純粋さというのは人間の性質の中でも最も大事なものだと思っている。

一度失えばその輝きは取り戻せないし、思い出すことすら叶わない。

一般的に言うなら、きっと青春と呼ばれるものがそうなんだろうと思う。だから皆揃いも揃って美化するのだ。こういう言い方は良くないのは知っているが、そうも言いたくなってしまう。そうやって過去に落とし込めることこそメンタルが正常な証拠だからだ。脳が正常に働いているのだから素晴らしいことだ。

 

メンタルがヘラってしまえばそうすることも難しい。過去を過去に落とし込めることすら出来ない。過去に起きた出来事がまるで今この瞬間に起きているかのように脳内を駆け巡るのだから。

 

だから、もし純粋だった時の出来事を過去に落とし込めることができているのなら、メンタル・脳が正常に働いている証拠だと大声で言いたい。それだけで素晴らしいことだと、それすら出来ない人からすれば、羨ましく思えることだと。

 

もしもそこまで辿り着けるようになれたら、少しは世界を見る目も変わると思う。この止めどない負の思考回路も、何も出来ない自分を恨むことも、諦めるだけの日常も。

好きなことに打ち込んでいる同級生や定型発達者を羨むこともきっとなくなるだろう。

そこでようやく人生のスタートラインに立てる気がする。

 

そうなれるように夢見つつ、早めだが日記は終わり。

メンタルがどんどんヘラっていく梅雨はいつになったら終わるのか。この鬱々とした気圧の中でずっと考えている今日この頃。

早く梅雨が過ぎ去りますように。